『日本型モノづくりの敗北』とは
日本に漂う経済の閉塞感、労働環境の変化、そしてブルシットジョブの増加。
当サイトでは、現代に溢れる厳しい現実を多数紹介してきました。
それらは決して「日本政府のせい」や「ブラック企業のせい」といった短絡的な要因でなく、歴史のうねりに伴う複雑な現象が絡み合って発生しています。
長く半導体技術者を務め、現在ジャーナリストとして活躍する湯之上隆氏の『日本型モノづくりの敗北』には、かつて技術大国として栄えた日本がいま置かれている厳しい立場が綴られています。
エンジニアなら知っておきたい一冊です。
2013年に出版された一冊には、かつて世界を制したエレクトロニクス産業がいかに没落し、見る影もなくなってしまったか論じられています。
かつての技術大国ニッポン
バブルを迎えた1980~90年代、半導体売上高ランキング上位を総なめにした日本企業。
欧米に追い付け追い越せと言わんばかりに、DRAM(Dynamic Random Access Memory)を中心とした日本の半導体産業は、高い世界シェアと世界最高品質を誇りました。
「日本の技術力は世界一」と誰もが疑うことなく信じていた黄金時代は、世の中の「パラダイムシフト」と「イノベーションのジレンマ」を受けて、脆くも崩れ去りました。
大手企業は激動の時代変化に対応できず、海外企業による買収、倒産など、惨憺たる状況に陥っています。
パラダイムシフトとは
パラダイムシフトとは、社会の価値観が時代により変化することを意味します。
あらゆる分野で当然と考えられていたことが、革命的、劇的に変化することであり、パラダイムチェンジとも呼ばれます。
インターネットの発達、スマートフォンの普及などは、世界中の人々の常識を革新的に変化させました。
また、近年は働き方も大きく変化しました。
パラダイムシフトについていけず、根強い年功序列や、根性論的な違法行為がいまだ蔓延る日本企業は多いものです。
常に世の中の変化にアンテナを張り、柔軟性のある考え方が求められています。
イノベーションのジレンマ
イノベーションのジレンマとは、トップ企業が収益性の高い既存顧客の要求を重視するあまり、性能は劣るが安くて使い易い「破壊的技術」に駆逐される現象をいいます。
老舗テレビメーカーは人間の目の分解能を超えた解像度を追求する中、性能は低くとも価格で勝る海外メーカーの製品がシェアをかっさらう状況がいい例です。
世の中の需要は時代によって常に変化するもの。
日本の半導体産業は、既存の技術に執着し続けた結果、こうしたパラダイムシフトに後手を踏んでしまいました。
日本型ものづくり
日本の半導体産業の栄枯盛衰は、第二次世界大戦時代の戦闘機「零戦」と重なります。
忍者のように俊敏な零戦は、アメリカにとって驚異的な存在でした。
しかし、戦争が終盤戦に近付くにつれ、零戦の弱点が露呈。
当時の海軍からは格闘戦性能や航続距離を要求され、パイロットを守るはずの防弾性能を犠牲にしていました。
結果、貴重なベテランパイロットを続々と失ってしまった日本。
「25年間壊れないDRAMをつくれ」と既存顧客に要求され、本当に壊れない超高品質DRAMをコスト度外視で製作した結果、安くて使い易い半導体の需要に応えられなかった半導体産業。
負の歴史を繰り返してしまった、日本型のものづくりの敗因がそこにあります。
これからのエンジニアの在り方
「失われた30年」とも称されるように、バブル崩壊後の日本経済は低迷の一途を辿っています。
社会変化に追いつけず、既存顧客にしがみつく大手企業は多いもの。
いま求められるのは変化に対応する力です。
著者はエンジニアに対し、積極的に海外で学び、特に「模倣能力」を伸ばすべきと提言しています。
製品、プロセス、ビジネスモデルなど、あらゆるものは模倣により価値を生み出せます。
バブル期の産業発展も、もともとは欧米の模倣から始まりました。
模倣こそがイノベーションの原点といえます。
アジア諸外国に対し、「日本の技術のパクリだ」などと悠長なことを言っている場合ではありません。
そもそも利益のほとんどは、後追いの模倣者が得ているもの。
既存の技術にこだわらず、世の中の需要に応じて製品を模倣する、いわば「創造的模倣」が大切と述べられています。
エンジニアの中には、目先の仕事や狭い分野に閉じこもりがちな方も多いです。
うかうかしていると、パラダイムシフトに置いてきぼりにされる未来が待っているかもしれません。
ここまで紹介してきた湯之上隆氏の『日本型モノづくりの敗北』。
大手企業で長く技術者を続けていた作者とあって、専門分野の解説も内容が深く、鋭い切り口から世の中を斬っています。
社会に対する疑問への言語化という意味でもオススメ。
ぜひとも若手エンジニアなら一読しておきたいものです。